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お店の基本情報

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かなり久しぶりの横浜中華街!

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『小籠包専門店 昇福楼』の外観

久しぶりの横浜散策してきました。晩御飯は食べ放題人気ナンバーワンと名高い『小籠包専門店 昇福楼』へ。なんと5,380円で鮑やホタテ、フカヒレなどの料理など食べ放題+飲み放題ができます。運良く土曜日の当日予約で大丈夫でした。

レビュー

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卓上セッティング オーダーはタッチパネルからで便利!

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まずは生ビールで乾杯!

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海鮮入り春巻き

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殻付き大海老の紹興酒漬け

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海老シューマイとフカヒレ蒸し餃子

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小籠包 めちゃうまいので絶対食べるべき

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エビ蒸し餃子

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アワビのネギソースかけ

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エビチリ

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牡蠣の塩コショウ炒め

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北京ダック

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ヒスイ蒸し餃子

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大根餅

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ホタテ貝のXO醤炒め これは必ず食べるべき一品


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レモンサワー

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牛ハチノスの四川風炒め

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茹で海老

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麻婆豆腐

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黒酢酢豚

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デザートのマンゴープリン

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杏仁豆腐

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ゴマ団子

全力で食べてきました!どの料理もレベルが高くて、これが食べ放題なのはお得すぎます!早くまた来たい。ごちそうさまでした!

メモ

■横浜中華街の歴史
横浜中華街は、幕末の開港から約160年以上の歴史を経て、世界最大級のチャイナタウンへと発展しました。その歩みは大きくいくつかの時代に分かれます。

1. 幕末の開港と誕生(1859年〜)
1859年、日米修好通商条約により横浜港が開港しました。欧米の商社は、漢字が読めて英語も話せる中国人を「買弁(通訳や仲介役の商人)」として伴って来日しました。彼らが外国人居留地の一角(現在の山下町周辺)に定住し、両替商や貿易商、仕立屋などを営み始めたのが中華街の始まりです。1862年には、関羽を祀る「関帝廟(かんていびょう)」の原型が建てられ、華僑社会の結束のシンボルとなりました。

2. 関東大震災と戦争の苦難(1923年〜1945年)
順調に発展していた街を悲劇が襲います。1923年の関東大震災により壊滅的な打撃を受け、多くの華僑が一時帰国を余儀なくされました。その後、復興を遂げるものの、日中戦争や太平洋戦争の勃発によって日本と中国の関係が悪化し、生活や商売に厳しい制限が課される冬の時代を迎えました。

3. 戦後の復興と「横浜中華街」への改称(1945年〜1970年代)
戦後、焼け野原からの復興が進むなか、街は「南京町(なんきんまち)」と呼ばれて親しまれていました。1955年には街の復興のシンボルとして初代「善隣門(ぜんりんもん)」が完成し、門の扁額に初めて「中華街」の文字が掲げられたことで、正式に「横浜中華街」と呼ばれるようになります。1972年の日中国交正常化を機に、観光地としての人気が一気に加速しました。

4. 現代の発展と日本屈指のグルメタウンへ(1980年代〜現在)
東西南北に牌楼(門)が整備され、街並みの美化やブランド化が進みました。2004年にはみなとみらい線(元町・中華街駅)が開通したことで都心からのアクセスが格段に向上し、現在では広東、四川、上海、北京など本格的な中国料理店や点心食べ歩き、雑貨店など500店舗以上がひしめく日本屈指の観光名所となっています。

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