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お店の基本情報

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1階の店舗外観
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2階の店舗外観

三河島の老舗『大和水産(だいわすいさん)』は、新鮮さとボリューム満点のマグロ丼をはじめ、多彩な海鮮料理で評判のお店です。社長自らが毎朝、豊洲市場に足を運び、天然の本マグロを丸ごと一本競り落とすというこだわりぶり。その品質の高さから、地元の常連客はもちろん、評判を聞きつけた遠方からの来訪者にも広く親しまれています。

こちらのお店は、1階が鮮魚店と鮨店(カウンターと小上がり席)、2階が丼専門店(テーブル席)という構成で、どちらの店舗でもランチが可能です。ただし、握り鮨やちらし寿司は1階の鮨店のみの提供となります。丼は両方の店舗で楽しめます。

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1階のランチメニュー
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2階は券売機で食券を購入するシステム

2階ではテイクアウトも可能です。テイクアウトと店内で食事をする場合で値段が変わるので、それぞれに対応したボタンを押してから食券を購入する必要があります。

感想

『大和水産』は新鮮で上質なマグロがたっぷり乗った丼を気軽に楽しめる素晴らしいお店でした!今後ランチでのヘビーローテ確定です。

最近わかったのですが、お味噌汁はその日その日でアラ汁だったり海老のお味噌汁だったりとお寿司屋さんならではのバリエーションがあります。そして嬉しいことに無料でおかわりが可能です!

ちなみに大盛りを注文する際は、酢飯が通常の3倍以上の量はあると感じたので覚悟が必要です。私も完食するのがやっとでした。他のメニューも気になるので、再訪して記事を更新したいと思います。ごちそうさまでした!


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Tips

マグロと鉄火丼のルーツ
日本におけるマグロと鉄火丼のルーツは、江戸時代から明治・大正期を経て現代に至る食文化の発展と深く結びついています。

もともとマグロは江戸前寿司が成立した18世紀には必ずしも高級魚ではなく、むしろ保存性や調理の難しさから「下魚」と呼ばれることもありました。当時の江戸では、漁獲後に急速に鮮度が落ちやすい赤身は扱いづらく、塩漬けや煮付けにして消費されることが多かったのです。しかし、醤油やワサビを使う江戸前寿司の技法が確立していくにつれ、漬け(醤油漬け)にした赤身が重宝され、寿司屋で人気を集めるようになります。これがマグロが寿司種として市民権を得る契機でした。

鉄火丼の起源は明治から大正にかけてとされます。誕生の場は賭場や花街だったという説が有力で、遊客や博打打ちが夜通し遊ぶ合間に手早く食べられる丼物として生まれたといわれています。「鉄火」という名は博打の場を指す隠語であり、そこで食べられたことから「鉄火丼」と呼ばれるようになったのです。江戸の寿司文化で確立したマグロの赤身を刻んでご飯にのせ、海苔やワサビと合わせたシンプルな構成は、スピード感と満足感を兼ね備え、瞬く間に広まりました。

その後、鉄火丼は寿司屋の定番メニューとして定着し、戦後の高度経済成長期には流通・冷凍技術の進化によってマグロが大量に供給されるようになり、国民的な人気料理へと発展しました。特に戦後には冷凍保存や空輸が普及し、南方や遠洋のクロマグロやミナミマグロも日本の食卓に並ぶようになります。結果として、マグロは「寿司ネタの王様」としての地位を確立し、鉄火丼も家庭やチェーン店で手軽に楽しまれる国民食となったのです。

まとめると、日本におけるマグロの価値は、江戸期には保存食的に利用される地味な存在から、寿司文化の革新や都市生活者の需要を背景に地位を高め、鉄火丼という丼物として独自の発展を遂げました。その過程で「鉄火」という言葉に象徴されるスピード感・大衆性が加わり、現在に至るまで親しまれているのです。

国内のマグロの漁獲量について
日本におけるマグロ(まぐろ類)の漁獲量について、静岡県が圧倒的1位(約19%シェア)で、日本のマグロ漁獲を牽引しています。続いて宮城県(約16%)、高知県(約10%)が上位を占め、これら3県だけで漁獲の約4割を占める構成です。本マグロ(クロマグロ)限定では長崎県がトップで、青森、宮城が続く形。これらは漁業インフラや豊かな漁場に支えられ、マグロ資源を活用した食文化が根付く地域であり、全国的にも高い重要性を担っています。

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